某月某日のある出来事・・・

「あ、先輩」

「あら?衛宮君」

「ん?桜、それに凜も」

新都でここ最近、俺の家に通っている遠坂姉妹と出くわしたのは、丁度俺が『コペンハーゲン』のバイトに向おうとしていた途中だった。

二人とも何故か花束を持っている。

「珍しいわね。衛宮君をこんな所で見かけるなんて」

「あのな凛、俺だってこっちに出掛けるって」

「でも大抵買出しとかは深山の商店街で済ませるじゃない」

「まあな・・・今日はバイトだよ」

「アルバイトですか?でも、先輩お金に困っているわけじゃあ」

「まあ、家の方は藤村の爺さんが色々面倒見てくれているけど、食費とかは自分で稼ぎたいし・・・それよりも二人は?」

「今日は父さんと母さんの墓参りよ」

「ああそうだったな。そう言えば二人のご両親って亡くなっていたんだったな。すまん軽率な事聞いちまったな」

「謝るほどじゃないわよ。もう亡くなって十年近くなるんだし」

当然だが、二人の父が十年前の第四次聖杯戦争で戦死した事は知っている。

だが、母親まで死んでいたというのは初耳だった。

「ご両親が一緒って・・・事故か何かなのか?」

無作法と知りつつもつい尋ねる。

「父さんは事故だけどその後、心痛で母さんが父さんを追う様にね」

「そうか悪い。悪趣味と思ったんだが、ついな」

「別にいいわよ。聞かれて困るような事でもないし、桜もいたからそんな寂しいと思った事はないわよ」

「そっか、良かったな」

そう言った後、今度は凛が思わずしまったと表情をしかめる。

「ごめん、今のは失言だったわ。あんたも家と似た状況だったわね」

「へ?ああ・・・別にいいさ。俺も藤ねえに雷画爺さんもいたから寂しいと感じた事はなかったよ」

それに加えて、志貴や師匠達もいたから寂しいと思う暇すらなかったと心の中で付け加える。

「そう?まあおあいこって事でいいかしら?」

「ああ、それで良いよ。こっちに墓参りって事は外人墓地の方か?」

「ええ、家はキリスト教徒じゃないけど、祖父と教会の神父のお父さんとは親友だったらしいのよ。その関係でお墓も外人墓地に持っているわ」

神父と言う所で、凛は思いっきり苦虫を噛み潰した表情を創り、桜も困った表情を浮かべている。

「??どうかしたのか?」

「いいえ、なんでもないわ。それよりも衛宮君、こんな所で私達と話ししながら大丈夫なの?」

「ああ、時間は大丈夫だし、外人墓地の途中だし問題ないけど」

「そうなんですか」

そうこう言っているうちに、俺達は外人墓地の入り口まで来ていた。

「じゃ、ここでお別れだな。今日は来るのか二人共」

「あ、今日はちょっと行けれないから。明日の朝お邪魔するわ」

「わかった」

そう言って二人と別れようとした時、墓地から一人の男性が向ってくるのが見えた。

歳としては四十代位だろうか、どこかで見たような顔立ちをしている。

と、その人物を見た遠坂姉妹が揃って駆け寄る。

どうやら二人の旧知の人物のようだ。

「「雁夜おじさん」」

「やあ、凛ちゃんに桜ちゃん、久しぶりだね」

「おじさん、今年も父さんと母さんのお墓参りに来てくれたんですか?」

「ああ、それにしても・・・二人共ますます綺麗になったね。お母さんに似てきているよ」

「ありがとうございます雁夜おじさん」

と、談笑していた三人だったが、不意に雁夜と呼ばれていた男性が俺に気付く。

その視線に気付いた俺は会釈する。

「??あの人は?」

「え?ああ、衛宮君、紹介するわねこの人は間桐雁夜おじさん、母さんと幼馴染で私と桜も色々遊んでくれたの」

「おじさん、こちらは衛宮士郎先輩で、私と姉さんと同じ学校に通っていて、姉さんと一緒に料理を教えて貰う為に先輩の家に通っているんです」

「??間桐・・・」

俺の呟きを余所にやや鋭い視線を投げかける雁夜氏。

まあ当然か、自分と親しい幼馴染の娘二人がこんな何処の馬の骨とも知れない男の家に通っていると知ればいい気分はしないだろう。

それを察したのか凛がフォローを入れる。

「大丈夫よおじさん。こいつが桜に変な手を出さないように私が監視しているし。そんじょそこいらの男なんて目じゃないわよ」

「ははは、そうだったね」

視線が和らいだ所で俺が質問する。

「すいません、間桐と言う事は・・・慎二の親戚ですか?」

「え?慎二君を知っているのかい?」

「やっぱり・・・知っていると言うか悪友みたいなもので」

「ああそう言えば衛宮君、慎二と親しかったわね。私としては信じられないわよ。あの自己中と平気に付き合えるなんて」

「まあ、あいつの気分屋なんてもう慣れたし」

「それきっと先輩だけだと思います・・・美綴先輩すらさじを投げた位ですから」

「そうなのか・・・慎二君とは叔父、甥の関係でね・・・最ももう、何年も家には帰っていないけどね」

口ごもる様子から余り踏み込んでは聞けないと判断してこの話題はここまでとする。

「そうですか・・・さて、もうこんな時間か・・・俺もバイトがあるからじゃここで失礼するよ」

「ええ、じゃあまた明日ね衛宮君」

「はい、さようなら先輩」

「あ、出来れば慎二君とこれからも仲良くしてくれないかな?」

「たぶんそうなると思います。なんだかんだで腐れ縁も続きますから」

そう挨拶を交わして俺は三人と別れて『コペンハーゲン』に向った。











某月某日のある出来事・・・

この日、俺は朱鷺恵姉さん経由の頼みで時南の爺さんの家に来ていた。

姉さん曰く『お父さん、この頃志貴君に整体していないから腕が鈍っているんじゃないかって不安になっているの。だから少し受けてきてくれないかな?』との事だが・・・正直これを受けたのを今になって後悔している。

姉さん・・・俺は爺の生体実験体じゃないんですよ・・・まあ、これを面と向かっていえない俺にも問題があると思うが・・・

「すいませんー七夜ですが時南の爺さんいますかー」

いつもの様に声をかけて奥の診療室で待つ事しばし、時南の爺さんがいつもと同じ様にやって来た。

「おお来たか坊主」

「他ならぬ朱鷺恵姉さんからの頼みだし無碍には出来ないさ」

「全く・・・わしがどれだけ頼んでも来ぬ癖に朱鷺恵の一声だと直ぐに来るとは・・・」

「いや当然だろそれ」

大体頼んだと本人は言っているが、実際には『さっさと来い』の一言だけだからな。

しかもそれを本人は頼んだと真顔で言うのだから始末に終えない。

「まあ良い・・・さて坊主が来たからにはわしも気合を入れて行わないとな」

「いや、無理にと言うか、無駄に気合入れなくて良いから・・・」

「遠慮するな。昔からの付き合いだ。坊主とっとと服を脱げ」

「ああもう、やっぱり来るんじゃなかったか」

ぶつぶついいながらも上着を脱いで診療用ベットにうつ伏せに横たわる。

「よしでは始めるか」

その宣告が久々の地獄絵図の始まりだった。

「ぐげぇぇぇぇぇ!こらヤブ!!今何した!」

「おごぉ!今曲げれない所を無理やり曲げただろ!」

「あが!これ殺人行為だよな!正直に言え!クソヤブ!!整体にかこつけて俺を殺そうとしていやがるだろう!」

久々に俺を殺そうとしているとしか思えないヤブ医者に罵詈雑言の限りをぶつけまくる。

それでも三十分後、整体が終わった頃には身体がすっきりしているのは全くもっておかしい話だ。

「本当つくづく思うが、何でこの整体でこんなにも体の調子良くなるんだよ・・・」

反対側に曲げてはいけない箇所を平気で曲げて、そこを傷付けたらどう考えても後遺症残るだろうと突っ込みたい整体をして何でといつも思う。

「ふん、その整体を受けてけろっとしている奴に言われたくはないわ。大体朱鷺恵を傷物した癖に何を抜かす」

うぐ・・・またそれを・・・

「その件はお互い納得はしている筈だろう?姉さんとは一応お互い合意だったんだけど」

「そんな事はわかっている。大体わしの娘が好きでもない奴に身体を許すか。強引に事に及ぼうとすれば鍼で麻痺させて警察に突き出す」

「て言うか・・・姉さんそんな事まで出来るのか・・・」

「何じゃ、あれだけ好き放題貪っていて知らなかったのか」

「悪かったな、これからは知る様にするよ」 

「ああそうしておけ。それと・・・うむ十日後じゃな」

「は?おい、何言っているんだ??」

「だから十日後、その日は朱鷺恵の危険日だからしっかりと孕ませろ」

「一回三途を渡って来いや!アホのヤブ医者!!」

思わず本気で蹴りを食らわせようとしたが、それを柳の様にかわす。

「ふん、お前とまともに打ち合うことは不可能に等しいが一発だけかわすのだったらわしでもまだ出来るぞ」

「て言うか・・今のそれなりに本気で蹴り込もうとしたんだが、それをかわすか・・・ってそれはどうでもいい、何だよ朱鷺恵姉さんを孕ませろって・・・夫婦ならまだしも愛人みたいなものなんだぞ。俺が言うのもなんだがそれでも良いって言うのか」

「かまわんよどの道朱鷺恵の奴と心行くまで愉しんでおるのだろう?それに相手がお前なら特に文句もないしな。後わしもそろそろ孫の顔が見たくなってな」

「公認かよ・・・どちらにしろ、朱鷺恵姉さんについてはアルクェイド達との間に子供が出来てからだ。特に琥珀、翡翠より先に子供を作ったなんて母さんに知れたら本気で俺の命がない」

これは冗談抜きでだ。

何しろ母さん、俺や琥珀達と顔を合わせる度に『そろそろお母さんに初孫の顔見せてね』って録音板の様に繰り返すんだから。

おまけに俺には追加で『もし琥珀と翡翠より先に他の子を孕ませたら・・・判っているわよね』って能面の表情で脅すし。

「まあ仕方あるまい真姫嬢ちゃんの翡翠と琥珀の溺愛っぷりは七夜の中でも語り草なのだろう?黄理が呆れておったわ」

否定したいが否定出来ない。

母さんの琥珀、翡翠への溺愛は昔からすごいものがあった。

無論俺を疎かにしている訳ではない。

琥珀達が来た後も母さんは俺に惜しみない愛情を注いでくれた。

俺にとって、嘘偽りない自慢の母だ

だが、俺に注ぐ愛情は百点満点だとすれば琥珀、翡翠のそれは千点。

はっきり言って桁が違った。

「とにかく!朱鷺恵姉さんについては今言った通りだから気長に待ってろ」

「ああ、だったらお前の七人の嫁、さっさと孕ませろよ」

「言われなくてもやってる。それと余り暴言が過ぎると本気で脳天かち割るぞ」

喧嘩文句を言い合って俺は診療所を後にした。









某月某日の出来事・・・

この日、俺は四季の奴に請われて久しぶりに遠野の屋敷にお邪魔していた。

「四季、来たぞ」

「ああ、悪いな志貴忙しい所」

「別にいいけどな。で、どうしたんだ?急に」

「まあ立ち話もなんだ、上がれよ」

「そうだな、じゃあお邪魔します」

四季の案内の元、俺はリビングではなく、四季の自室に案内された。

「コーヒーか紅茶でも飲むか?用意するが」

「気持ちだけ頂いておく。本題に入ろうか」

自室に案内したと言う時点で俺はこの話が裏七夜がらみだと確信を抱いていた。

「わかった。実はだな・・・」

話自体は極めて単純で遠野とはかなりの遠縁に当る分家筋に外れ者が出たのでその処分を俺に頼みたいとの事だった。

「で、その外れた奴は殺しているのか?」

「ああ、運が悪い事にそいつの家はそこそこの有力者でな家の力を利用して老若男女問わずやっているらしい」

「相当外れているんだろうな。晃達じゃなく俺に頼むくらいなんだから」

「ああ、情報を総合的にまとめた結果だ。正直表の七夜じゃ少しきついだろう」

「そうか、じゃあ四季、すまないが詳しい資料をくれ。状況が許せば今日明日には現地に飛ぶから」

「判ったそれについては直ぐ手配させる。ちょっと待っていろ」

そういうと席を外し部屋を出る。

数分後、戻ってきて開口、

「手配は済ませた。一、二時間ほどでまとめた奴を渡す」

「すまない」

「それは俺の台詞だ。悪いが頼むぞ」

「ああ」

これで仕事の話は終わり俺と四季は自室からリビングに移動する。

先程の資料が届くまで寛ぐ事にしたのだ。

久しぶりに会った事も手伝い他愛の無い世間話に花を咲かせる俺達。

「で志貴、秋葉はどうだ?七夜の方で上手くやっているのか?」

「ああ、里の皆とも上手くやっているよ。ただ、混血って言うのもあるからな。余り自分からって事はないけど」

こればかりは仕方ない、下手に交流を深めると七夜の血が事態をややこしくしてしまう。

「そうか・・・」

「それと、お前はどうなんだ?四季」

「??どうってどう言う事だ?」

「結婚だよ。秋葉も心配してたぞ」

「ああそれか」

俺の問い掛けに何故か渋い顔を作る四季。

「??どうした?」

「見合い相手だけは腐るほど来るんだよ」

「そうだよな、遠野は表向き、日本有数の財閥だものな」

「ただな、俺の場合裏の事情もあるからなどうしても相手を選ばざるおえなくてな」

確かに表向きは大財閥の若き当主だが、裏では日本でも屈指の混血を束ねる宗家の長だ。

結婚相手も選ばねばならない。

そんな事を話していると

「失礼します、四季様」

やや年配の家政婦さんらしき人が入ってきた。

「どうした?」

「はい、今都古様が遊びに・・・」

その語尾に重なるように

「四季お兄ちゃーん!」

家政婦さんの脇をすり抜けるように高速の何かが四季目掛けて突っ込んできた。

「えぐっ!」

それは四季のみぞおちに見事に突っ込み、四季は奇声をあげて悶絶する。

「お、おい・・・四季・・・生きているか」

思わず『大丈夫か』ではなく『生きているか』と問い掛けてしまったほどその一撃は奇麗に決まっていた。

「あ、ああ・・・生きてる・・・これでもだいぶ慣れたからな」

「な、慣れたのか・・・」

これで慣れたとしたら食らった当初は・・・

「そ、それよりも誰」

俺の語尾に重なるように

「み、都古様!!」

家政婦さんの大声が響く。

どうも先程まで硬直状態になっていたようだ。

「四季様大丈夫ですか!!」

「あ、ああ大丈夫だ・それよりも都古か良く来たな」

「うん!!」

そのとき俺はようやく四季に突っ込んできた者の正体を確かめられた。

その正体は一人の女の子、見た目から判断すれば小学校高学年か中学に入りたてと言った所か。

「四季、この子は?」

「ああ、こいつか、この子は有間都古、有間の伯父貴の一人娘だ」

「有間さんの」

「あれ?お前都古と会うのは初めてか?」

「ああ、以前お会いした時は有間さんにしか会わなかったから」

そこに俺と四季の会話に割り込むように都古ちゃんが四季に声をかけてきた。

「??四季お兄ちゃんこのお兄ちゃんは?」

「ああ、都古。こいつは七夜志貴、俺のダチで秋葉の旦那さんだよ」

「初めまして、都古ちゃん」

「初めまして有間都古です!小学校六年生です」

ぺこりとお辞儀をする。

「四季お兄ちゃん、秋葉お姉ちゃんも来てるの?」

「いや、秋葉はちょっと用事があってね。俺だけなんだ」

「そうなんだ・・・」

都古ちゃんが寂しそうにしたので俺は、勢いのまま近いうちに秋葉を連れて有間の家に遊びにいくと約束してしまった。

「ありがとう!しきお兄ちゃん」

「どういたしまして」

「ああ、都古にケーキとジュースを」

「かしこまりました」

それからしばらく俺と四季は都古ちゃんとも交えて他愛の無い話に花を咲かせ続ける。

暫くすると

「失礼します四季様、例の資料ですが纏まりましたので、お渡しに参りました」

先程の家政婦さんがやって来て四季に先程の資料が入った茶封筒を手渡す。

「ああご苦労。じゃあ志貴、これを」

「ああありがとう。家の方で確認させてもらうよ。じゃあそろそろお暇するか」

「じゃあ門まで見送ろう」

「ああ、じゃあ都古ちゃんまたね」

「うん!しきお兄ちゃんさようなら!」

「いい子じゃないか」

門へと向う途中俺は四季と都古ちゃんについて話し合う。

「ああ、最初は俺や秋葉にも懐かなくてな、俺にはどう言う訳かさっきのタックルを食らったものさ」

「あの勢いでか」

「いや、今よりも速い上に鋭かったな」

「・・・良く生きてたな」

「ま、今となっちゃ良い思い出さ」

「ふーん、なあ四季」

「ん?」

「遠野の事に部外者が口を出すのもなんだが、いっそ都古ちゃんを妻としたらどうだ?」

「な!!おい、都古はまだ小学生だぞ」

「と言ったってもう直ぐ中学だろ?」

「それはそうだが・・・」

「直ぐって訳じゃない。俺が秋葉を妻にしたのと同じ様に都古ちゃんが高校を卒業したら結婚するんだ。俺から見ても都古ちゃんお前の事を慕っていたぞ。それにあの子なら大なり小なり遠野の事情も理解できると思うんだが」

「だが、それはあくまでも俺を兄と慕っているのであって出し、俺達の事情であいつを振り回すのもどうかと思うんだが・・・」

此処で俺もさらに反論しても良かったが、議論が間違いなく堂々巡りになると感じ一旦打ち切る。

「・・・まあ今から根を詰める必要は無いさ、まだ時間はあるゆっくり考えればいいさ」

「・・・そうだな、案の一つとして検討しとくよ」

「話半分で考えとけよ。じゃあ、仕事が終わったらまた連絡を入れる」

「頼む」

その後、資料を確認した俺はアルクェイド達を連れて行く必要は無い程の小物と判断。

自身の衝動を抑える事も兼ねて、俺単独で現地に赴き外道と化した混血を嬲り殺しにしてやった。

尚、四季がその後都古ちゃんと結婚したかについては・・・また後日の話となる。









某月某日・・・

冬木総合病院。

そこの病室の前に一人の男がいた。

三十代半ばの端正な顔立ちをした男性。

大きな花束を抱えてドアをノックする。

「やあ葵さん」

「雁夜君」

病室に入った男性・・・間桐雁夜はベッドに横になった女性・・・遠坂葵とあいさつを交わした。

「ありがとう雁夜君、わざわざお見舞いなんて」

「水臭いですよ葵さん。昔からの仲じゃないですか」

そう言ってまずは花瓶からしなびた花を取り出し持ってきた花を移し替えて水も交換する。

「綺麗・・・ありがとう」

「これくらいはお安いご用ですよ」

そう言いながら雁夜は葵をみる。

その静かな美貌は何も変わっていない。

しかし、どこか痩せ細っているようにも見える。

実際、ここ最近葵は入退院を繰り返していた。

心なしか顔色も悪い。

明らかに衰弱している。

「葵さん・・・やっぱり大変なのかい?」

「そうね・・・あの人が亡くなってから、慣れない事ばかりだから」

そう言って静かに苦笑する葵だったが、実際には慣れない事ばかり所ではない。

遠坂の領地である冬木の管理は基本的に時臣の手で理想的に管理されていた。

しかし、当の時臣は数年前の第四次聖杯戦争で戦死、遠坂の後継者は時臣が生前残した遺言で長女の凛が継ぐ事が決まっていたが、領地の管理運営はまだ早いと判断し葵が受け持つことになった。

無論だが葵一人ではなく、綺礼も運営には力をつくし、家事も凛や薄々事情を察していた桜が分担して手伝い葵の負担を少しでも軽減しようと奮闘した。

そんな協力に葵の負担は大きく減らされたのは紛れもない事実で、もしもそれがなければ葵は一月で床に伏していただろう。

しかし、そんな献身的なバックアップを受けていても、そのような経験などある筈のない葵にとっては、心身を徐々に削られるような苦行であっただろう。

そうでなければ時臣の死後一年足らずの間で食が細くなり、此処まで衰弱するなどある筈がない。

そんな弱々しい葵の姿は雁夜にとっては痛ましい事この上なかった。

葵は雁夜を昔から仲の良い幼馴染としか見ていなかったが、雁夜は葵を一人の女性として愛していた。

焦がれる程に、奪いたいと思うほどに。

しかし、それはしなかった。

雁夜にとっては葵への想いが叶う事よりも、叶わなくとも葵が幸福でいてくれる事が、たとえ自分の傍らでなくても、葵が幸せに笑ってくれる事こそが至福だったのだから。

当然自分の手で幸せにしたいと言うのも雁夜の本心だが、それを口にする事は無いだろう。

おそらく一生。

「雁夜君」

そんな思考から葵の声が現実に呼び戻す。

「何ですか?葵さん」

「お願いがあるの・・・もしも、もしも私が、死んだら」

「葵さん!」

葵の口から出て来た言葉に思わず雁夜は声を荒げる。

「縁起でもない事は言わないで下さい。葵さん、すぐ元気になります。そうしたら又、凛ちゃんと、桜ちゃんと一緒に遊ぶんでしょう?ですから」

「良いのよ雁夜君、自分の身体の事は自分がよく判っている。そんなに長くないって事位はね」

「葵さん・・・」

もはや何を言って良いのか声を詰まらせる。

「でも雁夜君が言ったように持ち直すかもしれない。だからこれは万が一のための遺言、雁夜君お願い、ここにいる時だけでも良いから、私が死んでも二人の事を気にかけて欲しいの」

「・・・はははっ」

「雁夜君?」

突然笑い出した雁夜に怪訝そうな表情を浮かべる

「何を言っているんですか?葵さん、そんなの頼まれなくても、いえ、葵さんが嫌がってもしますよ。俺にとって二人は自分の娘も同然なんですよ」

「・・・雁夜君・・・ありがとう」









そんな会話から十日も経たない内に葵は永眠した。

見舞いの席ではあのような事を言った雁夜だったが、胸騒ぎは納まる事は無くしばらく冬木に滞在する事を決めていたので葵の臨終にも立ち会う事が出来た。

しかし、こんな形で胸騒ぎが現実のものとなるとは思わなかったし、嬉しくもない。

葬儀の席には雁夜も同席し、未だ幼い凛と桜の為に尽力した。

そして葵の遺体は時臣の墓の隣に埋葬され、全てつつがなく終わりを迎えた。

「雁夜おじさん・・・ありがとうございました」

「ありがとうございました。おじちゃん」

全てが終わり、仕事の為冬木を離れる事になった前日、雁夜は姉妹としばしの別れを惜しんでいた。

「お礼なんて良いんだよ凛ちゃん、桜ちゃん。おじさんが好きでした事だからね。それよりも大丈夫なのかい?二人で?」

まだ姉妹共に小学生である事を考慮して冬木に定住する事も考えていた雁夜だったが、凛から大丈夫だと断言された。

「親戚の人もいるし・・・お父様の弟子だった綺礼もいるから大丈夫・・・あいつに頼るのはすごく癪だし雁夜おじさんの方が良いけど・・・これ以上おじさんに迷惑なんてかけられないし」

後半は雁夜には聞き取れないほどの小声だったが、これが凛の本音だろう。

「お姉ちゃん・・・」

そんな声が聞こえていたのだろう、桜が姉の袖を引っ張る。

「?そうかい、でもおじさんもたまには帰って来るからその時には一緒に遊ぼうね」

「「うん!」」

姉妹と別れを済ませ、遠坂邸を後にしようとした雁夜の前に柔和な笑みを浮かべた神父が現れる。

「言峰神父」

雁夜はそんな神父にやや警戒した面持ちで神父・・・言峰綺礼と対峙する。

「出立ですか?」

「ええ、二人の事よろしくお願いします」

「無論です。二人は一時だけとは言え我が師のご息女、ご心配なく」

そう言う綺礼のそれは模範的な神父のそれ、不安も警戒も抱くに値しない・・・はずだった。

しかし、雁夜は綺礼と相対するとどうしても警戒が出てきてしまう。

表情も口調も何もかも警戒させるに値しない筈なのに、雁夜の中にある何かが警告を発していた。

油断するなと、気を許すなと・・・

なぜそのような感情を抱くのか?

それが嫌悪なのか不安なのか抱いている雁夜自身にもはっきりと分からない。

しかし、それでも雁夜の中にある何かは綺礼と会う度に、会話をする度に膨れ上がる。

「重ねてよろしくお願いします」

とは言え、自分がいない間、この神父が遠坂の利権に目の眩んだ親族から姉妹を守る強固な防壁である事に雁夜は疑念を持ち合わせていない。

時臣の死後、その気になればいくらでも経験も実力も伴わない葵から遠坂の利潤を毟り取る事も可能だったのにそのような事は一切行わず、滅私奉公の精神で葵の為に尽力していたのは紛れもない事実で、これには常から毛嫌いしている凛すら素直ではない表現で綺礼に感謝していた位だから。

内心の何かを抑え込み雁夜は深々と一礼する。

「では電車の時間がありますのでこれで」

「ええ、お気をつけて」

社交辞令に近い挨拶を交わしてすれ違おうとした時、

「・・・ふん、この程度の男か・・・つまらんし、実にくだらん」

雁夜の耳がかろうじて聞き取れる音量の綺礼の声を捉えた。

その声はこれが同じ人間が発するのかと疑問に思いたくなるほど悪意と侮蔑に満ちていた。

「!!」

思わず振り返ると

「何か?」

綺礼が柔和な笑みを絶やす事無く雁夜に振り返っている所だった。

「い・・・いえ・・・」

それだけ言うと雁夜はもう振り返る事無く遠坂邸を後にした。

冬木を訪れる際には綺礼とはなるべく・・・いや、決して会わないようにしようと心に決めて。

結局、雁夜が綺礼に対して思い浮かんだ感情は終生判らずじまいだった。

雁夜自身積極的に知ろうと思わなかったし、何よりこれより十年後綺礼は突如冬木から姿を消したのだから・・・







全世界を殺戮の渦に巻き込んだ『蒼黒戦争』より一年後・・・

この時期、イギリス、バルトメロイ邸を中心に世界中を放浪しながら時折、日本に帰国する。

そんな生活を続けていた衛宮士郎の元に携帯から通知が届いた。

「??志貴」

それは彼の生涯の盟友からだった。

『もしもし!士郎!』

「??どうしたんだ志貴、やけに慌てて」

『今どこにいる!』

「??えっと・・・今はシリアの・・・」

『判った、すぐに向かう。人はいないな』

「ああ、いない・・・人から金品や命分捕ろうとしている人の皮被った猛獣なら俺を包囲しているが」

『ああ〜こんな時に、判った。ついでにそいつら始末するからそこにいろ』

「お、おい!ちょっと待て、なんだ始末って!」

かなり切羽詰っているのだろう、極めて物騒な言葉を言い放った志貴に士郎が問い詰めようとするがその時、既に電話は切られ、同時に一陣の風が吹き荒ぶや、士郎の言っていた人の皮を被った猛獣・・・士郎を日本人と知るや拘束しようとしていたイスラム過激派組織の構成員達は倒れ伏し、無事に立っているのはただ二人だけだった。

「・・・殺してないよな」

「あほ言え。これだけの数殺せば今度は死体の始末面倒だろ、卒倒させただけだ」

「その割には物騒極まりない単語が混じってなかったか?さっき」

「気のせいにしておけ、っと・・・今は陰険漫才している場合じゃないかった。士郎、すまんちょっとお前の手を借りなくちゃならない事態が起こった。直ぐに日本に戻るぞ」

「俺の?でもそれならアルクェイドさん達は・・・ああ、娘さん達の」

言い掛けて志貴の子供達の世話に皆てんてこ舞いで、裏七夜の仕事を一時休業している事を思い出した。

「ああ、皆子供達の世話に掛かりきりだからな。俺とお前、それと既にメディアさんにバゼットさん、師匠、教授に向かってもらっている」

思わぬ面子にしばし声を失う士郎。

大抵の相手ならば志貴と士郎、この二人でも過剰戦力だと言うのに、未だ受肉して現界している英霊の一人であるメディア、新生魔術協会、封印指定執行者最強の誉れ高いバゼットに加えて、今や十にも満たぬ二十七祖の一角、ゼルレッチ、コーバックが動いてる。

どう考えてもただ事ではない。

「俺だけじゃなく?一体全体、何が起こっているんだよ。どこかの死徒が『六王権』軍の残党を纏めて決起でもしたのか?」

いや、それが起こったとしてもここまでの動員はしない。

志貴と士郎、二人で十分殲滅出来る。

「いや、違う。もっと厄介な事態だ。ともかく時間も惜しい、すぐに向かうぞ。着いたら詳しく話す」

そう言うや士郎に有無も言わせず腕を引っ掴むと二人を風が包みこみ、二人の姿は掻き消えた。









「おい・・・志貴」

「皆まで言うな」

現地に到着した途端、士郎はその光景に己の眼を疑い思わず呆然とした声を志貴に向けた。

それを判っていると頷く志貴だったが、

「それでも言わせてくれ志貴、いつから三咲町は戦場になった?」

そう言うのも無理は無い。

志貴に連れられてやって来たのは三咲町だが、辺りの様子は一変していた。

町が完全に静まり返っていた。

どの建物からも人の気配らしきものは感じられない。

おそらく、いや十中八九、メディア辺りが暗示で住民を避難させたのだろう。

更に周辺には・・・いや、三咲町全域に貼られた人除けの結界まで施されている。

だが、これだけなら士郎が戦場とは称さない。

何をもって戦場と言う物騒極まりない単語が出てくるのか?

それは到着して直ぐ目にした光景にあった。

「コーバック!また破られたぞ!『永久回廊』を強化しろ!」

「無茶言うなや!ゼルレッチ!強化なら限界までもうやっとる!『思考林』閉じ込めた時以上や!」

「まったく!被害を出させない方の身にもなりなさいよね!」

「同感です!」

時折、降り注ぐ魔力弾をゼルレッチ、メディアが広範囲で、小さいものはバゼットが次から次へと相殺していく。

そしてコーバックは白犬塚の丘を『永久回廊』で封印しているが、魔力弾はそこから『永久回廊』をぶち抜いて町にばらまかれていた。

「ゼルレッチ、これやったら志貴の嫁はん達も連れて来た方が良かったとちゃうか!」

「たわけ!姫様達は出産間もないから未だ万全ではない。その事はお前も判っている筈だ!」

「せやけどなぁ、このままやと町に着弾するのも時間の問題やで!」

「判っている!だからこそ士郎を呼びに志貴を出したのだ!もうしばらく待てば」

「師匠!遅くなりました!」

「志貴!戻って来たか。直ぐにメディアの補佐に回れ!」

「了解!」

―極鞘・白虎―

志貴の手に双剣が握られ、

―疾空―

その姿をかき消した。

「お、おい!志貴!!」

「士郎久方ぶりやのう!聞きたい事は山ほどあるとは思うけどまずは手ぇ貸してくれや!」

事情が全くの呑み込めず志貴に問いただそうにもすぐさま姿を消し、コーバックからは問答無用で助力を求められる。

「ああ!もう、これが終わったらきっちり事情説明して貰いますからね!王国よ(キングダム)!」

やけになった声で士郎は高々と『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティソード)』を頭上に掲げた。

同時に士郎の背後の空間が別の世界と繋がり紺碧の光が周囲を照らす。

「行け!大神宣言(グングニル)!」

士郎の宣告と共に何十という数の槍が三咲の夜空を彩った。









 

「で、事情を説明してくれますよね?」

それから一時間後、絶え間なく飛来する魔力弾を相殺し続けようやくそれが収まり(コーバックが文字通り限界を超えて『永久回廊』を強化した為だが)休息の為に集まった志貴、ゼルレッチ、コーバックに士郎が若干じと眼で口を開く。

「ん?志貴、まだ説明してなかったのか?」

「説明出来る訳ないでしょ。士郎を問答無用で連れて来れば矢継ぎ早にメディアさんの救援に向かえじゃあ」

「・・・コーバック」

「『永久回廊』の強化に強化を重ねておってそれ所やなかったわ」

「「それもこれも師匠(ゼルレッチ)の所為で」」

「あ〜そうだっか?」

「とりあえずコントよりも事情を聞かせて下さい。一体あそこで何が起きているんですか?それも現在進行形で」

見れば『永久回廊』で封印された丘からは、閃光が迸る度に地震かと疑いたくなるような地響きと遠雷の様な重低音の轟音が轟く。

「えっとだな・・・一言でいえば喧嘩」

「は?」

「いや、だからな、あそこで起こっているのはな・・・女同士の痴話喧嘩?」

「頼むから疑問に疑問形で回答するな!女同士の痴話喧嘩って誰と誰が・・・って、片方は予測がつくな」

「うん、お前の予測で間違いない」

「「蒼崎師(先生)だよ(な)」」

「じゃあ、相手は蒼崎師のお姉さん・・・じゃないか」

仮に青子と橙子であるならば姉妹喧嘩であって痴話喧嘩とは言わない筈だ。

いや、それ以前にこの程度の戦力で抑え込めるかどうかも怪しい。

「ああ、士郎お前先生から聞いた事ないか?先生がまだ魔術師見習いだった時修行の為にある魔術師の家に居候していたって」

「?・・・そう言えばそんな事聞いたような」

「で、喧嘩の相手はその人、あの丘に建つ洋館に住んでいるらしい」

「らしいって」

「俺も会った事ないんだよ。先生曰く『現代において数少ないこれ以上無い程魔女らしい魔女』でひどく偏屈な人なんだって」

「そうか、それで何が原因なんだよ。どう考えても痴話喧嘩ってレベルじゃないだろう。身も蓋も無い言い方すれば怪獣大戦争だぞこれ」

げんなりした声で士郎が最も肝心な事を尋ねるが志貴の口から出て来たのは驚くべき言葉だった。

「いや、それが・・・俺も判らないんだよ」

「・・・は?」

想いもよらぬ返答を聞き士郎は本気で開いた口が閉じる事を忘れた。

「お前が呆れるのも当然だと思う。ただ、俺も原因は知らないんだ。メディアさんからこの緊急事態を聞いてそれで師匠やお前を集めて来たから」

「メディアから?」

「ええ、そうよ坊や達」

そこでメディアが会話に加わった。

「半年ぶりかしらね、冬木じゃあ色々あって、まだまだ帰りづらい状況かも知れないけどたまには帰りなさいよ。桜さん達心配しているわよ」

「は、はあ、まあいい機会ですからこの状況が沈静化したら冬木に行くとします。それはそれとして、一体何が」

「実を言うとね・・・私も詳しくは知らないのよ。宗一郎様から連絡を受けて志貴坊やに依頼したから」

メディアの返答に一同は揃ってため息を吐く。

「だんだん伝言ゲームの様相を呈してきたな。それで葛木さんは」

「ここにいる七夜、衛宮」

そう言って宗一郎が姿を現した。

その隣にもう一人の青年がいる。

見た感じ宗一郎と誓い歳で、背丈は宗一郎よりやや低い線の細い青年。

その眼はひどく穏やかで一見すればこのような所からは真っ先に避難すべきただの一般人である筈。

だが、志貴は一目で気付いた。

永く離れている為に薄れているのか、意識して隠しているのか判らないがその姿勢、足の置き方、呼吸、何よりもその眼の奥底に潜む色。

ほぼ間違いない、彼は自分と同じだと

「葛木先生」

「衛宮、久しぶりだな。壮健で何よりだ」

「お久しぶりです。それで」

「ああ、今回の件に関しては私よりも彼に聞いた方が早い、草十郎」

そう言うと隣の人物に話を振る。

「ああ、どうも初めまして静希草十郎です」

「これはご丁寧に、七夜志貴です」

そんな自己紹介を皮切りにとりあえず集まった一同草十郎に自己紹介をする。

「それであそこで何が」

「はい・・・簡単に言えば俺を取り合ってのものだと・・・思います」

その言葉に今度は顔を見合わせた。

「貴方を取り合って・・・ですか?」

「はい」

そう言う草十郎も若干途方に暮れたようなそんな表情を浮かべている。

「えっと静希さん」

言葉を失っている志貴の代わりに士郎が質問する。

「はい、衛宮さんでしたか?」

「ええ、その、貴方を取り合っているんですか?蒼崎師と相手の女性は」

「はいそうだと思います」

「??思うって一体どう言う事なんです」

「いや、今更だと思いまして」

奇妙な単語が出て来た。

「今更?どう言う事ですか?」

「いや、実を言うと以前から蒼崎とも有珠とも懇ろな関係で」

『え?』

見事に声がはもった。

「懇ろ・・・な?」

「・・・関係と言うと、もしかして先生と男女の?」

「ええ」

その肯定に一同しばし無言になる。

「・・・静希さん」

そこで志貴が低い声で草十郎に問い掛ける。

「はい?」

第三者がいれば恩師である青子と関係を持った草十郎を詰問する様な空気かと思われたのだが、志貴の口から出たのは

「どうやって先生口説いたんですか?と言うか良く先生を手籠めに出来ましたね」

その台詞には怒りや侮蔑とかは一切ない、純粋な賛辞の色に満ちていた。

よくよく見れば士郎、ゼルレッチ、コーバック、バゼット、メディアも同じ表情で頷いている。

「・・・何と言うか蒼崎がどう思われているかよく判るよ。まあ俺も賛同するし。それと手籠めにしたと言うのは語弊があるな」

「??語弊があると言うと」

「いや、・・・どちらかと言えば蒼崎と有珠の二人がかりで俺が手籠めにされたと言うのが正確かな?」

『ああ〜』

先程よりも更に一致した心境が声になって出た。

有珠と言う女性の事はよく判らないが、あの青子が何の抵抗も無く男に手籠めにされるなどあり得ない。

男の方を押し倒して事に及ぶ、その方がまだ正確に想像出来る。

「納得、蒼崎師ならそっちの方が似合っているな」

士郎の言葉にうんうんと頷く。

すると、草十郎が若干青ざめた表情で上空を見やり

「あれ?また来てますよ。それもこちら目掛けて」

草十郎の言葉に頭上を見上げると今までで最大級の魔力弾が志貴達目掛けて降り注ごうとしていた。

「!!王国よ(キングダム)、猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」

咄嗟に士郎が宝具の砲撃で相殺してのけたが全員引き攣った表情を浮かべ顔を見合わせる。

「と、とりあえずこの件については今後誰も話さない様にしましょう。地球の裏側にいても殺されかねない」

士郎の提案に一も二も無く全員頷く、やや表情を強張らせながら。

「話を戻すか。それで静希さん、先程二人がかりと言われましたが、それって先生ともう一人の方とで二股をしていた訳じゃないんですよね」

「ああ、どっちか選ぼうとも思ったんだけど、それを考える前に蒼崎からどっちを選んでも二人がかりで殺すって言われたし、有珠からはプロイを差し向けられて殺されかけて」

「理不尽だな」

志貴の断言に全員頷く。

男女関係に最も厳格で、当初は汚物でも見る様な目で見ていたメディアですら、手籠めにされた発言と今の草十郎の言葉を聞き、同情する様な視線を向ける。

「その後もずるずると二人と関係を続けて行って、ちゃんとけじめをつければ良かったんだけど」

「いや、それはお主の所為ではあるまい。それで何故今日になってこのような大喧嘩を」

ゼルレッチの疑問に草十郎は困った表情で

「それが・・・今日二人に呼ばれて有珠の洋館に行ったんだけど、その時には殺し合い一歩手前で・・・キッツィーランドでのあれを思い出しました」

「?そのキッツィーランドってのはよく判らないけど静希さんが行った時にはもう冷静に話を聞いてくれるような状況ではなかったと言う事ですか?」

「はい」

「だから『と思う』っていう言葉が出たのか」

「で、その後は葛木先生を経由してメディア、志貴、師匠達、バゼット、俺が召集されたって事か」

「すいませんでした。元々は俺達の私的な揉め事に」

そう言って草十郎は深々と頭を下げる。

「いや、この件に関して言えばお前さんに罪はあるまい」

「せやな。ちゅうか、おのれがわいらを呼ばへんかったら、今頃大惨事・・・ちゅうかここら一帯が焦土になっとったわ」

「ですね、さすがにこれで彼の非を責めるのは無慈悲だと思いますし」

「そうね。最初は思う所があったけど、今言った事が事実だとしたら本気で貴方に同情を覚えるわ」

ゼルレッチ、コーバック、バゼット、メディアが草十郎を慰める、それが雄弁に事態を物語っていた。









 

それから数時間かかりようやく結界内の震動やら轟音が鳴りやみ『永久回廊』を解除。

中に入ってみれば抉れていたり、粉砕されていたりその他諸々・・・この惨禍が三咲町全域まで及んでいたらと考えると背筋が寒くなる。

だが、何故か洋館だけは完全な無傷だったのには一同を呆れさせ、更にこの痴話喧嘩の張本人二人はと言えば疲れ果てたのか暢気に寝入っているのには更に呆れさせた。

とりあえず問答無用に起こして丘を修復させて(その際青子が直すの苦手なんだけどな〜とぼやいていたので自業自得と全員が突っ込みを入れた)ようやくちょっとした・・・でもない痴話喧嘩が収拾を見たのだった。

ちなみに何故青子と有珠が喧嘩をしていたかについてだが・・・当の本人達が完全黙秘を貫いたり、あからさまにはぐらかしたりして結局口を割る事は無かった。

その理由が判明するのはそれから数か月後の事になるのだが、それはまた別の話となる。

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